
by Orie Maruyama
2020年1月にアメリカで発売され、多くの実務家に愛読されている『The Customer Success Professional’s Handbook』。この本を弘子ラザヴィが翻訳した書籍『カスタマーサクセス・プロフェッショナル』が、今年3月に日本で発売されました。新刊発行を記念して、豪華なゲストをお招きし、書籍の内容を題材に語らうウェビナーが「#CSプロ本 読書会」です。
今回は、スペシャルゲストとして原書の共著者である、Intelum(インテラム)社のルーベン・ラバゴさんをお迎えし、本書に込めた思いや執筆秘話を伺います。また、CircleCI Japan社の是村潤さんを交えての質疑応答タイムの模様もレポート。およそ30年、テクノロジー業界の前線で働き続けるルーベンさんによる、示唆に富んだお話の数々をお届けします。
<ゲストスピーカー>
ルーベン・ラバゴ氏(Intelum/チーフカスタマーオフィサー)
<ホスト>
是村 潤氏(CircleCI Japan/日本およびAPAC統括ディレクター、カスタマーサクセス)
弘子ラザヴィ(サクセスラボ/代表)
<目次>
Part1:カスタマーサクセス本はなぜ生まれたか
弘子ラザヴィ(以下、弘子):
皆さんこんにちは。今回の #CSプロ本 読書会は、私が翻訳した原書『The Customer Success Professional’s Handbook』の共著者であるルーベンさんにお話を伺います。私自身、とても楽しみにしています。
ルーベンさんはIntelum社のチーフカスタマーオフィサー(CCO)で、昨年まで6年間Gainsight(ゲインサイト)社のチーフ戦略オフィサー(CSO)をされていました。ではルーベンさん、まず本書の執筆に至った経緯を教えてください。
ルーベン・ラバゴ氏(以下、ルーベン):
こんにちは。私は現在、アメリカ・アリゾナ州のフェニックスに、妻と息子4人と娘1人の大家族で住んでいます。私が今働いているIntelum社は、収益とリテンション率を上げ、サービス費用を下げる最高のカスタマー教育体験を提供している企業で、Google、Facebook、Amazon、Twitterなどの素晴らしいクライアントに恵まれています。
私は大学を卒業した30年ほど前から、ずっとテクノロジー業界で働いてきました。その間には、ビジネスモデルの変革も多く目の当たりにしました。パーソナルコンピュータ、モバイルデバイスなどの出現、インターネットやソーシャルメディアの台頭、クラウドへの移行、BtoBソフトウェアのサブスクリプション化などなど…これらすべてにカスタマーサクセスは関わります。
私がGainsight社で働いていた2016年、ダン・スタインマンと、ニック・メータ、そしてリンカーン・マーフィーがカスタマーサクセスにまつわる最初の本、『CUSTOMER SUCCESS』(邦訳版:『カスタマーサクセス−−サブスクリプション時代に求められる「顧客成功」10の原則』)を出版しました。そこには、カスタマーサクセスの本質や重要性、そして経営者こそがカスタマーサクセスに真剣に取り組まなくてはならない理由が描かれていました。
それから約6年の年月が流れました。何ごとも本質を理解するには、過去にあった出来事への理解が必要です。今に至るテクノロジー業界の変遷を振り返ってみましょう。
まず昔は、サービスやソフトウェアのベンダーが中心にいて、カスタマーよりもかなり強い立場にありました。利用したい企業に対して、利用できるソフトが少なかったからですね。
けれども、今はベンダーよりもカスタマーのほうがより強い立場にあります。テクノロジーが進化して参入障壁が下がり、スタートアップが市場に参入して大企業と競うようになりました。カスタマーはソーシャルメディアで多くの選択肢を知り、意見の発信力を手に入れ、もし不本意ならサブスクリプション契約をキャンセルして、他社に容易にスイッチができるようになりました。
その結果、ビジネスのルールは大きく変わりました。ソフトウェアベンダーとして大きな契約や、大きな顧客を獲得するだけではもう不十分です。サービスを提供するだけ、サポートを提供するだけでも不十分です。
そんな現在、カスタマーサクセスの重要性を説く情報は山のように発信されています。ただ、カスタマーサクセスという仕事は何をすることなのかを明快に解説したビジネス書や文献はなかった。そこで、共著者であるアシュヴィン・ヴァイドゥヤネイサンと私は、カスタマーサクセスのノウハウ、チームづくりや実際の行動規範を本にしようと決めたのです。
弘子:
素晴らしいですね。ところで、本の謝辞で奥さまを「バインディング」と紹介されていましたが、その意味を教えてくれますか?
ルーベン:
「バインディング」とは接着剤を意味します。接着剤は数百枚におよぶ紙を1つにまとめますよね。良い本ほど開いては閉じ、閉じては開く、を繰り返す。人生というものは、時を重ねていけば、苦しい日も、楽な日も、困難な日もあります。どんな時も、妻は私の人生の接着剤でした。
弘子:
なんて素敵なお話でしょう。奥さまが執筆中、どれほどの支えになっていたかが窺えます。
ルーベン:
彼女はコンテンツ開発者であり編集者でした。書籍には、彼女の名前が「ディベロップメンタルエディター」という役割で記されています。私たちの考えをどう表現すべきかを教えてくれ、支えてくれた妻に感謝しています。
Gainsight社での本業を続けながらの4ヶ月間、私にとって初めての執筆は人生で最も困難な体験となりましたが、今では大きな達成感と満足感があります。
Part2:世界共通のトレンドと成長可能性
カスタマーサクセスは人間性を大切にする仕事
弘子:
討議タイムに移りましょう。進行役をしてくださるのは、CircleCI Japan社で日本およびAPACの統括ディレクターをされている是村 潤さんです。よろしくお願いします。
是村 潤(以下、是村):
今から進行役を務めます、是村です。さっそく始めていきましょう。
最初の質問は、著書へのフィードバックについてです。本書はAmazon新刊ランキングでNo1を記録、今もレビューの約8割は星5つの最高評価と国境を超えて評価されていますね。
ルーベン:
世界中の人たちが読んでくださって、今、Amazonには155件のレビューがあります。毎日チェックしていますが、否定的な評価はたった1人だけ。他は全て「ライク(Like)」評価なんです。出版はアシュヴィンと私にとって大きな挑戦でしたから、ここまで好意的な反響は想定外でしたし、本当に感謝しています。
是村:
具体的にどのような反響が寄せられていますか?
ルーベン:
私はおよそ10年間、カスタマーサクセスマネジャーの仕事をしていますが、今も日々重要な発見や新たな気付きがあります。忘れていた大切なことを思い出させ、考えさせてくれる仕事です。そんなカスタマーサクセスの人間的な側面に多くの人が共感してくださっているようです。アシュヴィンと私が特にこだわった部分でもあります。
執筆を始める前のある1日を今でも覚えています。サンフランシスコ本社へ出張し、アシュヴィンと真っ白なホワイトボードの前に立って、何をテーマに書くのかの骨格をまず決めようと話しました。その時、真っ先に挙がった一つが、「カスタマーサクセスは先端テクノロジーの世界で、人間性を大事にする仕事だ」というテーマでした。
改めて考えてみると、大抵のテクノロジーは人と人との接触や交流を遮断し、その間に壁をつくります。一方でカスタマーサクセスマネジャーは、テックタッチやロータッチなどの規模を効かせる仕事も行いますが、最も価値を発揮するのは人と人とのコミュニケーションなんです。
一人の人間としてカスタマーと最良の関係を築くためには、相手のことを深く理解して、彼らとの会議やメール、EBR(Executive Business Review; カスタマーへの成果報告会議)を意義あるものにする努力が必要ですよね。カスタマーにただ電話をして、「調子はどう?」、「誕生日カードを送ります」なんて会話をしているだけではいけません。カスタマーがお金を払うのは、友達がほしいからではなく、そのサービスや商品を使って価値を得たいからなのですから。
カスタマーをブランドやロゴとしてではなく、人間の集まりと捉えて、彼らがKPIや財務目標を達成するのを助け、また一人の職業人としての成功を助ける仕事。誰かの成功を助けることでお金をもらえるのは、カスタマーサクセスという職業の特権だと思います。この本の基軸にある思いです。
弘子:
まったくその通りですね。ここで一つ質問をさせてください。本書の中では、16人ものカスタマーサクセスのプロフェッショナルが寄稿されています。その理由を教えてくださいますか。
ルーベン:
そこには裏話があるんです。私もアシュビンも執筆経験がゼロなのに、最低5万5千文字を締め切りまでに執筆しなければなりませんでした。仕事を終えてから夜間の執筆作業は捗らず、パニックに陥りました。そこで執筆経験のある同僚のアンソニーカナダに相談したところ、寄稿者を募るといいと教えてくれました。寄稿者それぞれに500~1500文字を書いてもらえれば、原稿は早く仕上がるし、多様な視点も取り入れられる。そう聞いた私たちは素晴らしい案だと思い、テーマ毎に寄稿者のリストを作りました。
けれども、最終的に私たちふたりの執筆パートも、寄稿者によるパートもどんどん文字量が増えてしまい、寄稿テーマ数を6つほど減らさなくてはなりませんでした。決断には心が痛みましたし、寄稿者には大変申し訳ないことをしました。
弘子:
なるほど、そんな経緯があったのですね。
これからの重要な鍵になるデジタルトリガー
是村:
本書は、カスタマーサクセスの人間的アプローチに着目した良書だと思います。
一方、アメリカではPLG(Product-Led Growth;マーケティングや営業、サポートなどの活動をプロダクト内に取り込み、プロダクト主導で成長をさせる事業モデル)の領域も進んでいますね。カスタマーサクセスはハイタッチの要素が大きいとは思うのですが、アメリカではテックタッチはどのような位置づけなのでしょうか?
ルーベン:
もちろん、大変に重要な位置にあります。急成長する企業の理想形は、プロダクト主導ですから。たとえば、Adobe社ではテックタッチが基本ですし、ユニークなユニコーンであるSlack社もその点でよく話題に挙がりますね。
大規模なサービスでは、全カスタマーをハイタッチでカバーするのは不可能です。膨大な数のスタッフが必要ですし、コストがかかりすぎます。結果、プロダクトの中にカスタマーサクセスを組み込む必要性が出てきます。
5年前に私はMicrosoft社で、とある人物に会いました。同社が「Microsoft 365」というプロダクトを大変革するため、カスタマーサクセスに10億ドルの投資を決めたタイミングでした。
彼はカスタマーサクセスの責任者であり、同時にプロダクトチームにも所属していました。その彼がカスタマーサクセスとプロダクトを行き来することで、プロダクトの限界からくるカスタマーサクセスマネージャーのタスク数十件をプロダクト側へフィードバックし、プロダクトエンジニアが要因となる課題を解消することで、その数を減らしていきました。そうしてカスタマーサクセスマネージャーは小さな課題から解放され、より戦略的な価値あるアウトプットを増やしていったのです。
テックタッチは、ローエンドと呼ばれる顧客向けだけのものではありません。テックタッチは全セグメントの全カスタマーに向けて有用です。テックタッチのお陰で、人間が高付加価値の仕事に集中できる。そして、オペレーションの観点で新しい仕事が副次的に生まれます。カスタマーサクセスオペレーションという仕事です。営業にセールスオペレーション機能があるのと同じ構造ですね。
Gartner(ガートナー)社の調査によると、収益の8割は既存カスタマーから生まれます。その大切な既存のカスタマーとのあらゆるやり取りに必要な業務やツール運用は、誰かが行う必要があります。そのときにカスタマーサクセスオペレーションが実践する業務の一部がテックタッチなのです。その仕事は、カスタマーサクセスマネージャーが高付加価値の仕事に集中するために非常に重要な役割を担います。
なかでも鍵を握るのは、自動送信メール等のコミュニケーションを設計する人たちだと私は思っています。プロダクト内で発するメッセージの受け手は人間ですから。メールを送る相手は誰なのかを見失ってはいけません。たとえ実際に会って会話したことがなくても、その相手の人間性を想像してメッセージを書かなければなりません。
弘子:
私もちょうど先日、「デジタルトリガー」なテックタッチについて議論していました。今後は、最終のタッチがハイタッチであれテックタッチであれ、あらゆるタッチはデジタルが起点になる。その考え方は、次世代カスタマーサクセスの視点で大事なポイントだと感じています。
ルーベン:
まさにそうですね。実際、私が在籍していたGainsight社はデジタルトリガーにすでに着手していました。デジタルトリガーの対象はメール配信に限りません。たとえば更新契約の書類を作り始める、リスクのある顧客フラグをカスタマーサクセスマネージャーに知らせるなど、あらゆるプロセスの引き金になります。機械学習とAIを使って、埋もれていた良好な傾向にある顧客への拡販機会を見つけ、営業に通知もできます。
バーティカル市場でプロダクトの活路を見出し成長を
是村:
デジタルトリガーは、今後の主要トレンドになるかもしれませんね。
さて、ここで視聴者から興味深い質問が届きました。「カスタマーサクセスの最も重要な側面の一つは、お客様にサービスやプロダクトの価値を得て成功してもらうことだと思いますが、その価値実現に業界ごとの傾向はありますか?」。いかがでしょうか。
ルーベン:
お分かりの通り、カスタマーサクセスはテクノロジー企業で生まれ、彼らにとっては、なくてはならないものです。
他方で、私がよく取り上げるアメリカ企業に、John Deere(ジョン・ディア)社があります。ご存知でしょうか。100年以上、農業機械のトラクターを製造している企業です。
昨年、そのJohn Deere社に勤めるソフトウェアエンジニアが、なんと初めて機械工学エンジニアを数で上回りました。彼らはトラクターや農具などを次々とIoT化しているんです。
もはや農家にトラクターを売る企業ではありません。彼らの提供価値は成果、つまり農家が収穫する作物の生産量です。米国国立気象局システムのデータを使い、稼働するトラクターから得る土壌サンプルを採取し、化学分析を行っています。そして、物理的に同じ地域にいる全顧客のデータを確認するのです。
彼らは農業をビジネスとして営む農家に向けて発信します。「弊社のお客様になれば、貴社の作物生産量は増えますよ。大豆やトウモロコシ、その他どんな作物であろうと、弊社の成功事例にならってトラクターや機器を使ってください」と。農家へモノを売るのではなく、価値そのものを提供しているのです。
これは実際にもう起こっていることです。他にもテクノロジーとは一切無縁だった伝統的な産業に属する企業が、カスタマーサクセスの概念や方法論を採用するのを私は多く目にしています。
弘子:
そうですね。お話を聞いて、「バーティカルリープ(vertical leap)」という言葉を思い出しました。一切の制限がかからない飛躍的なジャンプを指しますが、バーティカルな市場に注力すると、収益が飛躍的に向上すると言う意味ですよね。最近ではSalesforce(セールスフォース)社が、政府や製造業に特化した企業を買収するなど、バーティカルに注力しています。非常に重要な動きと感じています。
ルーベン:
その通りだと私も思います。今こそプロダクトのカスタマイズの可能性を検討すべきです。特定のバーティカル市場において自社プロダクトの最適な活用方法が見出せた企業は、爆速で成長できます。
是村:
本書にも今回の質問にまつわる多くの示唆が書かれていますね。さて、残り時間が少なくなってきました。視聴者からの最後の質問です。
「カスタマーサクセス実践の背景には文化や慣習など多様な要因があり、そのような中で価値を具体的に説明する必要があります。カスタマーサクセスの究極の価値とは、一言で一体何なのでしょうか?」
ルーベン:
これは表彰したいくらい、素晴らしい質問ですね。私が執筆する上で最も悩んだのは、何を書けばより多くの人にとって有用な本になるかでした。実際、あるテーマの深掘りが足りないという批判もありましたが、私もまったく同感でした。この本が三部作だったら良かったのですが、一冊にまとめるためには、より広い対象に共通する内容に執筆を絞る必要がありました。
たとえば創業20年と100年の企業に共通するのは、シンプルな事実です。現在はどこもビジネスの中核機能は、過去と同じように実践され続けています。マーケティングが自社プロダクトへの需要をつくり、ブランドを構築してリードを創出する。営業はパイプライン管理に追われ、新規契約に翻弄される。プロフェッショナルサービスはテクノロジーを実装して、カスタマーが利用できるよう要求を完了する。サポートはカスタマーからの問い合わせやチケットに対応する。
けれども、契約後にカスタマーが期待する成果を得たかどうかを確認する部門はなく、より多くの利用や追加購入を促すことに責任を持つ部門もありません。それが産業や企業規模、地域や文化を問わずに共通の事実でした。つまり、日本もアメリカも関係ないのです。新たに始まった「顧客の時代」に今、どの企業も同じ問題を抱えているのです。
私とアシュヴィンは、本書の執筆という旅に参加して、これまで学んだことをすべて記録する幸運に恵まれました。本書には私たちの過去すべての経験が反映されています。この本が皆さんの質問への答えになれば嬉しいです。
是村:
ルーベンさん、本日は素晴らしい経験談を披露してくださり、ありがとうございます。
弘子:
とてもワクワクする話でした。本当にありがとうございました。
ルーベン:
こちらこそ、楽しく素晴らしい時間を過ごせたことに感謝します。
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(以上)