
皆さん、David Skokさんをご存知ですか?
21歳で大学を卒業し最初の会社を起業、以来25年間に4社の創業と1社のターンアランドを経験。うち3社は上場、1社は買収でエグジットに成功。その後 VCに転じ、HubSpot、JBoss、AppIQ、他8社へ投資、すべてエグジットに成功。現在VCのパートナーでありかつ7社の取締役会メンバー…. という正にアメリカンドリーム !! な方です。
その彼が自身のブログ forEntrepreneurs?で若い起業家の役に立つ記事を数多く公開しています。
とても濃い内容が分かりやすく解説されていて、皆さん「DavidさんのXX記事にあるように」とスタートアップなら読んでるの常識だよと言わんばかり、出版したら確実に売れるであろう記事が山盛りです。
起業家向けなのでカテゴリーが幅広い中、もちろんカスタマーサクセストトピックもあります。逆にSaaS関連トピックが充実しているため、日本のスタートアップにも大変役に立つと思います。
前書き長くなりました。
この度、Davidさんから記事和訳の許可を頂きましたので、 記念すべき1本目を共有します。題して「ネガティブチャーンへ続く道」。大変ベーシックな内容なので、カスタマーサクセス始めたばかりの方には最適、そうでない方にも改めて振り返り学びを得られる良い記事です。
注:David Skok氏の許可を頂き原文の和訳を紹介します。
ネガティブチャーンへ続く道
要約:SaaS企業が成長するにつれチャーンが重大問題になる理由を図解します。SaaS企業の成長を大幅に加速させる非常に驚くべき要因についても見ていきます。この記事はSaaS企業だけでなくリテンションモデル事業を推進するすべての企業に有用です。
はじめに
SaaS企業が成長すると既存カスタマーの定期契約の割合が大きくなり、様々な要因によるチャーン数値が増大します。チャーンに伴う収益の減少を補うため、更に多くの新規契約を獲得する必要が生じます。結果、成長スピードは大幅に減退します。
このカラクリを説明するため非常に単純なモデルを構築してみたのでグラフで説明します。
このモデルでは MRR(月次定期収益)はゼロスタート、初月に10,000ドルの新規契約を獲得、その後は毎月2,000ドルずつ新規契約が増加する、という前提です(下記グラフの青い点線)。
赤い線と黄色い線はカスタマーの契約解約で失われる収益(チャーン)です。即ち毎月2.5%、及び5%のチャーンの影響です。
このグラフを見ると、スタートアップの初期段階はチャーンはそれほど大きくないことがわかります。しかし5年目末に近づくにつれ、チャーンの数字(2.5%)は小さくても、新規契約で賄うのは非常に難しい水準(月6万ドル)になり、高いチャーン(5%)の場合もっと酷い状況(月9万ドル)です。
下記グラフは、各シナリオのMRR(月次定期収益)総額の影響です。
ネガティブチャーンの影響
SaaSやその他のリテンションモデルでは、ネガティブチャーンと呼ばれる状況が実現し得ます。ネガティブチャーンは、チャーンに伴う減少収益を、既存カスタマーへのエクスパンション/アップセル/クロスセルに伴う増加収益が上回った場合に生じます。
下記グラフは、新規契約に加え、既存カスタマーから毎月2.5%の増加収益を獲得した場合です(緑の線)。
結果はかなり衝撃的です。 既存カスタマーからの増加収益は大きくなり始め、5年目の終わりには毎月18万ドル近く貢献します。 MRR総額ではどれだけ影響が生じるかみてみましょう(下記グラフの緑の線)。
素晴らしい結果です。チャーンが2.5%の時より3倍近く大きなビジネスに成長しています。明らかに、ネガティブチャーンを獲得することは成長する上で最も強力なアクセルの1つと言えます。
ネガティブチャーンを達成するのは大変難しいため、ネガティブチャーンは無理でも、チャーンを0%にできたらどうかと思いますね。下記グラフの点線をご覧ください。
チャーン0%の線は黄色の線(チャーン2.5%)より約6割高いことがわかります。
ネガティブチャーンをどう実現するのか?
ネガティブチャーンを実現するには次の3点のうち1つ以上を達成する必要があります:
・エクスパンション(既存プロダクトからの収益拡大)
時間と共に増える利用量基準で料金が上がる価格モデルを使うと最も効果的に達成できます。 例えばDropboxはより多くのストレージを使用するほどより多くの料金を請求します。 Eメールのマーケティング会社は、Eメールのリストが増えるほどより多くの料金を請求します。
価格軸をどう設計するかに関し検討したい方は記事「スケールする価格設計:SaaSの収益を上げる重要なツール」を参照ください。
・アップセル
既存カスタマーに機能がより高度な高価格帯プロダクトへアップグレードしてもらいます。
・クロスセル
既存カスタマーに追加で他のプロダクトまたはサービスを契約してもらいます。
ネガティブチャーンのLTVをどう計算するのかに関しては記事「真のライフタイムバリュー(LTV)はいくら? – DCFを使えば答えが分かります」を参照ください。
エクスパンション/アップセル/クロスセルは同じ営業部隊で良いのか?
固く速攻性あるルールではありませんが、私は通常、営業部隊は新規カスタマーを追うハンターと既存カスタマーからの収益拡大に取り組むファーマとに分けることをお勧めします。これには2つの理由があります。
・フォーカス:もし私が営業マンで、収益を増やすためのコールを既存カスタマーにするか新規カスタマーにするか選べるなら既存カスタマーを選択します。なぜならそれが最も簡単だからです。つまり両方を担当すれば新規カスタマーへフォーカスするのは難しくなります。
・多様なスキルセット:収益拡大に必要なスキルセットは、カスタマーがプロダクトを非常に上手く活用するのをサポートする方法です。これは営業に関わるススキルセットというよりも、コンサルティング、カスタマーサービス、プロダクトエキスパートに関わるスキルセットです。
契約数を規定する諸要因を追跡する方法
SaaS企業が収益拡大する力があると仮定すると、ネットの契約数は次の3要素で決まります:
各要素をそれぞれ分けて追跡すると以下のようになります:
ネガティブチャーン達成にいつ取り組むべきか?
読者の皆さんは創業間もないスタートアップの方が多いですが、皆さんにはアップセルやクロスセルのために複雑な価格スキームやプロダクトバリエーションの開発に取り組まねばならない、という印象を持って欲しくありません。創業後12〜24ヶ月間は、そういう検討自体が時期尚早です。この時期は多くのカスタマーにプロダクトをしっかり使いこなしてもらうこと(アダプション)が何より重要で、それには非常にシンプルな価格設計が最も適しているのです。
しかし初期段階のスタートアップでも、チャーンを減らすことには全力で取り組むことを私は推奨します。チャーンが高いということは明らかにあなたのプロダクトがお客様のニーズや期待を満たしていない、ということを意味します。そしてそれを放置することは、事業で長期的に成功するための方程式になりえません。
チャーンを減らすのに役立つトピックス:
1. 既存カスタマーに電話する
あなたの会社がチャーンが非常に高い初期スタートアップなら、まず最初にすべきは、解約した顧客に電話して理由を聞くことです。そして私は、起業家(またはCEO)こそがそうすることを勧めます。なぜなら、彼らこそが、顧客の声に基づいてプロダクトのビジョンやサービスの内容を変える力をもつからです。
解約した顧客から話を聞くことはそれほど重要で、他人へ委任できる仕事ではありません。電話で話せば、あなたのプロダクトがそもそも顧客の抱える問題を解決しないのか、それとも顧客がプロダクト活用に問題を抱えているのかなどを理解できます。結果、プロダクトを変えたりプロダクトの実装を支援する方法を変えたりすることでチャーンが改善するのはよくあることです。
2. カスタマー・エンゲージメントを測る
「カスタマーのハピネスを測れ」という言葉をよく耳にすると思いますが、実際それはとても難しいです。私はそうする代わりに、あなたのプロダクトとカスタマーの関与度を測定することをお勧めします。
具体的にはプロタクトの主要機能を特定し、その機能を使用するたびにカスタマーエンゲージメントデータベースにログエントリーを送信するのです。そして、それぞれのイベントに加重値を割り当て、カスタマーエンゲージメントスコアを算出します。
そのスコアを見れば、どのカスタマーがプロダクトの主要機能をうまく活用していて離脱の可能性が低いか、逆にどのカスタマーが離脱リスクが高いかを理解できます。同スコアに基づき、サポート担当者と連携して高リスクのカスタマーにプロダクトをより活用できるよう支援や助言をしたり、Eメールを送ったり、電話をしたりできます。
(このトピックは別の記事「カスタマーエンゲージメントの測定 ーコンバージョン増加&チャーン低減」も参照ください)
3. カスタマーを釘付けにするプロダクト特性を知る
HubSpotは創業初期にかなり高いチャーンに苦しみました。理由は、彼らの初期プロダクトがSEOにフォーカスしていたため、サイト検索の最適化を終えたカスタマーはもうプロダクトを使い続ける必要がないと思うからでした。
そこで同社は、カスタマーが使い続けたいと思うにはどのような機能を追加すべきか考えました。仮説の1つはユーザーの日常ワークフローの中核部分で利用されるプロダクトになること、もう1つは重要なデータの貯蔵庫になることでした。 一旦データ保存システムになれば、別のサービスへ切り替えるのはずっと難しくなります。
あなたのプロダクトのどの機能がカスタマーを釘付けにするのか理解していますか? それが分かったならカスタマー・エンゲージメントの測定値に基づき、どのカスタマーがその機能を使用していないか確認してください。彼らはチャーンのリスクが最も高いカスタマーです。
4. 解約を申し出るカスタマーに最高の営業マンを割りあてる
解約しようとしているカスタマーを解約から救うことは可能です。しかし良い結果を出すには最高の営業スキルが必須です。
5. 長期契約の可能性を探る
ここまでの議論は、カスタマーが月次契約を結ぶことを想定しました。チャーンを減らす1つの方法は、より長期の契約(通常、6か月または12か月)を促すことです。長期契約は、プロダクトへのコミットメントが高く、しっかり実装して成果を実現するための時間もあることから、チャーンを減らす効果が見込めます。デメリットは、営業活動を阻害することです。従い、最も良い方法は、最適レベルを見出すためのテストをしてみることです。テストと位置づければ、営業に長期契約を強制せずにもすみます。
6. チャーンと相関関係にある要因を見つける
もしあなたのカスタマーには小企業も大企業もいるなら、小企業カスタマーが大企業カスタマーに比べチャーンが高いかどうかチェックできます。そして収益性の高いカスタマーにより多くの営業&マーケティング活動を集中投下できます(CACとLTVの両方を考慮しましょう)。
ある垂直領域/リードソース等のカスタマーはチャーンが高い傾向があるかもしれません。こうして調べていくと、どのカスタマーはプロダクトフィットが不十分だとか、プロダクトをカスタマーのニーズに合うよう変更する必要があるか、などがわかります。
小規模企業向けのビジネスほどチャーン防止は難しい
その理由は、小規模企業ほど廃業するからです。物事がうまくいかない時のコスト削減も早いです。加えて、小規模企業は特定サービスに対する予算に明確な上限を設けていることが多いため、ネガティブチャーンを実現するのは更に困難を極めます。
バリュエーションへのチャーンの影響
もしあなたがVCと接触中のSaaS企業なら、たとえ創業初期でも、VCはチャーンの数字に細心の注意を払うものと思ってください。彼らはプロダクトフィット/マーケットフィットが良いかどうかどうかを測る重要な指標としてチャーンの数字を必ずチェックします。
ウォールストリートと公開株式の投資家は、SaaS企業のチャーンの重要性を既に充分理解しています。
ある大手主要投資銀行が公開会社のSaaS企業の評価を押し上げる要因について論じた素晴らしい調査報告を公表しています。それによると、収益マルチプルに影響を与える最も重要なファクターは成長率だが、次に重要なファクターはリテンションとアップセルな点が明らかです。同分析によると、リテンションが2%高ければマルチプルは20%高くなり、アップセルが2%高ければマルチプルは28%高くなります。
ネガティブチャーンの時にLTVをどう計算するのかに関しては記事「真のライフタイムバリュー(LTV)はいくら? – DCFを使えば答えが分かります」を参照ください。
SaaS企業の指標とベンチマークに関しては「チャーン解読:同指標の測定とベンチマーク」を参照ください。