
サブスクリプションなどに代表されるリテンションモデルやSaaSビジネスが急速に発展している今、商品やサービスを作る上で欠かせない考え方が、カスタマージャーニーです。
「ビジネス成功の鍵は、カスタマージャーニーを積極的に管理することにある」と言っても過言ではありません。そして、カスタマージャーニーマップを描くことは、カスタマーとあなたの会社が成功するための道のりを描くことにつながります。
本記事では、カスタマージャーニーの持つ意味や、カスタマージャーニーマップの作り方、そしてジャーニーの段階ごとのカスタマーサクセス戦略を教えます。
Index
1)カスタマージャーニーとは
・カスタマージャーニーの定義
カスタマージャーニーとは、ひと言でいうと、「あなたのカスタマーが成功するまでの道のり」です。カスタマーがあなたの商品やサービスを知って(認知・検討)、使えるようになり(理解・利用)、そして大いに活用するゴールに至る(成功)まで、さまざまな経験をする主要な段階を定義したものです。
つまりカスタマージャーニーは、カスタマーがスムーズに商品やサービスの持つ価値を受け取れる「理想の関係」を構築するものです。
・カスタマージャーニーはなぜ必要?
リテンションモデルやSaaSビジネスで成功する鍵は何でしょう?
それは、カスタマーがあなたの手がける商品・サービスから多くの価値を受け取って、幸せになる(成功する)ことです。そして、カスタマーの成功を増やすには、カスタマーがドアを開けて入ってくる瞬間から、段階を追って良好な関係を構築していく必要があります。そのために最も良い方法が、「カスタマージャーニー」を開発することです。
みなさんは、計画を立てずに目標を達成しようとしますか? 頂上までのルートをマップで確認せずに山登りを始めますか? 自分たちが売るものを理解せずにビジネスを始めるでしょうか?
もしカスタマージャーニーを理解していないSaaSビジネスが存在するならば、それは明確な方向性を持たず、ただ盲目的にビジネスを運営しているにすぎません。
カスタマージャーニーを明確にすれば、カスタマーはその価値をすぐに実感できるので、商品・サービスの利用が加速します。そしてより多くの機能を使おうとするため、商品・サービスの活用がさらに増します。また、大いに活用して価値を受け取っているカスタマーは、その商品・サービスプロダクトのファンになるため、リテンション率(継続利用率)が上がっていきます。
必要なのは、カスタマージャーニーの各段階において、カスタマーの成功への支援に焦点を当てること。そうすることで、カスタマーは幸せになり、忠実なファンに変わり、さらに買い増しを促すことができるのです。最終的に、あなたもカスタマーもお互いに成功することを目指しましょう。
・カスタマージャーニーの考え方[3ステップ]
商品・サービスにおけるカスタマージャーニーは、カスタマーにとって簡単で迅速、そして何より快適なものでなければなりません。誰だってカスタマーには、商品やサービスを快適なものだと感じて、自信を持って使いこなし、それが持つ価値にワクワクしてほしいと思いますよね。また、そうしたカスタマーを支援する自分自身も同じようにワクワクしたいと思うものです。
そこで重要な点は、カスタマーの目標と、あなたのビジネスの目的とをよく理解し、この2つの整合をとることです。
以下に、このワクワクするWin-Winの歯車、すなわちカスタマージャーニーを作成する重要な3つのステップをご紹介します。
1)カスタマーの目標を明確にする
カスタマージャーニーは、カスタマーの主要な目標と目的を特定することから始まります。
カスタマーは「なぜあなたの会社の商品やサービスを購入するのか」、そうすることで、「解決しようとしている課題や機会、その背景にある動機は何か」を理解することが必要です。正しく把握することで、カスタマーが達成したいことを踏まえた、より効果的な商品・サービスを提供できるようになります。
2)あなたのビジネスの目標を明確にする
まずは自社が達成したいことを明確にしましょう(例えば、より迅速なアダプションや、リテンション率の向上、クチコミで紹介してくれるカスタマーの創出、売上増加など)。そして、あなたの商品やサービスがカスタマーに約束する提供価値を決めましょう。
この2ステップ目で重要な点は、カスタマーがあなたの商品やサービスに求めることを明解にすることです。商品やサービスから最も価値を引き出すことに成功したカスタマーは、そこまでにどのような道のりを歩んだのかをよく観察して、ジャーニーのテンプレート(成功の法則)として活用してください。
3)カスタマージャーニーをマップにする
カスタマーとあなたのビジネスとの両者が何を達成しようとしているのか。その成功の法則がわかったら、次はそれをジャーニーマップにしましょう。
カスタマージャーニーマップを作る際は、あくまでカスタマーの目線に立って考えてください。カスタマーが商品やサービスをフル活用する状態になる、その成功に至る道のりにおいて何を経験するのか、ぜひカスタマーになりきって考えましょう。絶対に、社内のオペレーション構造に基づいて考えたり、会社としてカスタマーにどうあってほしいかという視点で定義したりしてはいけません。
多くの企業にとってこれは難しいことです。けれども顧客中心主義になるということは、顧客の成功のために最も効果的に機能することへ焦点を当てることなのです。
以上がカスタマージャーニーの本質です。
この3ステップを実施してカスタマージャーニーマップが完成すれば、カスタマーを成功に導く準備が整います。そしてさらに、より良いものに磨いていくことができます。
カスタマー側とあなたの会社側、その両方の目標を常に最新版に調整することで、組織内の調整が容易になって、Win-Winの提案がしやすくなります。つまり、カスタマージャーニーを推進する上での基礎となる構造を整理することで、必要なものを手に入れることができるようになるのです。
※出典元: 「Your Secret to Success – Lies Within Your Customer’s Journey」(https://www.thedesiredpath.com/post/your-secret-to-success-lies-within-your-customer-s-journey)の原文を著者の許可を得て和訳し、一部抜粋しています
2)カスタマージャーニーマップの作り方・管理方法
カスタマーの長期的な成功を描くカスタマージャーニーマップを作るためには、基本の考え方があります。カスタマー獲得から、契約更新に至るまでステージを追ってジャーニーを考え、実行時にはステージ毎にモニタリングをすることが大事です。
・【ステージ1】新規カスタマーの獲得
新規カスタマーの獲得は、売り上げの維持や・拡大・更新にとって、とても重要です。
特に、商品やサービスのトライアルは、カスタマーにとって最初の1歩となる重要な体験ですので、良い印象を持ってもらうことがマストです。トライアルから次の段階に進んでもらうため、カスタマーを迅速かつ適切にサポートしましょう。興味を持って使い続けてもらえ、契約したら得られる価値を実感してもらえるようコミュニケーションを図ってください。
◆トライアル時のチェックポイント
・見込み客をどれくらい早く特定できましたか?(1時間以内? 1日以内? 5分以内?)
・どうやって彼らとコンタクトしましたか?(アプリを使ったメッセージ? それとも電子メール? 高収益が見込めるカスタマーへは電話?)
・連絡した内容は、どうカスタマイズしましたか?
・トライアル期間中の定期コミュニケーションは、複数タイプ用意していますか?(それは経過時間別ですか? イベント別に設定されたマイルストーンごとですか?)
◆利用時のチェックポイント
・プロダクトはどれくらいの頻度で利用されていますか?(ログイン回数や、最後のログインからの経過日数は? ぜひ使って欲しい機能は利用されていますか?)
・トライアルから次の段階へ進むのに、平均どれくらい時間がかかりますか?(遅れているのは誰ですか? 彼らにはリマインダーや利用上のヒントが必要ですか?)
・カスタマーへ迅速に連絡することでの売上拡大効果を計測できていますか?(コンバージョン率は改善していますか?)
この段階においては、プロダクトマネジメント、エンジニアリング、カスタマーサクセスチームからのヘルプは、カスタマーの期待に応えるためにどうしても必要な状況でのみ招集して、削減します。チーム間のやり取りが多すぎると、時間とリソースを浪費し、カスタマーサクセスの進捗の妨げとなるためです。むしろ、カスタマーサポートと営業が協力し合うことで、カスタマーが商品やサービスにフィット感を持てない理由を知って回避することができます。
・【ステージ2】オンボーディング
このステージで商品やサービスを利用しているのは、優良カスタマーです。この段階の目標は、彼らに商品・サービスを利用し続けてもらい、その勢いを維持することです。オンボーディングとは、カスタマーが商品やサービスに慣れて、価値を感じてもらえるような働きかけを指します。カスタマーに良い印象を持ってもらえるように、リスクはなるべく早い段階で把握して、対処することが重要です。
◆継続的なリスク評価
・優良カスタマーはどういう状態ですか? 商品やサービスの利用状況はどうですか?
・プロジェクトのガバナンス、従業員の巻き込み度合い、チェンジマネジメントの推進状況はどうですか?
・カスタマーのBPRはどういう計画ですか? どのように進行を把握しますか?
・オンボーディング研修のスケジュールは? カスタマージャーニーの達成目標期日は?
・初期に生じるサポート問題をどう管理していますか? 一連のプロセス責任者は誰ですか?
ハイタッチ(人的サポート)でのオンボーディングは、カスタマーと担当者間のやりとりです。相手が膨大な人数の場合にはテックタッチ(テクノロジーでのサポート)に切り替えます。自動電子メール等のツールは、カスタマーとへの連絡やプロダクトの利用状況の管理に役立ちますが、カスタマーのプロダクト利用度が著しく低い時は、例外的にカスタマーサクセス担当者がハイタッチで個別に対応をすることもあります。オンボーディング管理をスケールするには、カスタマーの利用データを追跡して自動的に警告を発信するシステムなどを導入する必要があります。
◆オンボーディングの要所を押さえる指標
・オンボーディングの平均所要時間は?
・オンボーディングのプロセス次第でより短縮できるカスタマーセグメントは?
・オンボーディングのプロセスにマイルストーンがある場合、カスタマーはそれをスムーズに通過するのか、それとも、減速/停止する傾向があるのか?
・最初のオンボーディング期間中に解約するカスタマーはいるか?(60〜90日以内に解約するカスタマーはいるのか?)
・オンボーティングを改善したことによる売上インパクトを計測できますか?
・「クセになる行動」を識別できていますか? (例:CRMやAppとの統合、セカンドチームメンバーの追加など)
・カスタマーのLTVを計測できていますか?
・【ステージ3】アダプション
オンボーディングが終わりサポート中でもないカスタマーに対し、プロダクトをより使いこなしてより高い価値を出してもらうのに必要な活動を実施する段階です。
カスタマーのLTVを最大化するには、アクティブユーザーの数を増やし、利用される消費やサービスの機能数を増やすことが不可欠です。そのために、サポートエンジニアはプロダクトの効果的な使い方を助言し、マーケティング担当者は良いトレーニング材を準備し、プロダクトチームはその後のカスタマー利用を加速することがわかっている機能の利用を促すアプリ内通知機能を追加するなどしましょう。
また利用状況を測る指標とは別に、ネットプロモータスコア(NPS)と正の相関関係を持つ商品やサービスの機能を突き止めましょう。そうすればカスタマーへ高い価値をもたらして、契約更新につなげることができます。
・【ステージ4】エクスパンション
オンボーディングに成功すると、収益拡大の機会が増えます。
そこで、次のマイルストーンに進むため、自社サービスの利用を拡大したカスタマーにクチコミ紹介をお願いしましょう。そして、既存カスタマーの売り上げをさらに増やせる領域(シート数の拡大、より高額契約になるプロダクトの利用、追加プロダクトや追加アプリケーションの契約、専門サービスの追加契約など)を探索しましょう。
◆ハイタッチでの売り上げ伸長ポイント
1)既存アカウントのエクスパンション
より多くのユーザーを追加、または企業内紹介を通じた他地域や他部門への展開拡大など
2)初期ユースケースを超えた機能の追加
プロダクトやサービス次第ですが、高度なレポート機能、セキュリティ強化、ユーザー権限の拡張、速度域幅を拡げるなど
3)追加サービス
より強化されたサポートやサービス、オンサイトまたはウェブ研修サービス、エキスパートによる個別専門サービスなど
4)機能を拡張
追加アプリケーションや追加プロダクトなど
◆テックタッチでの売り上げ伸長ポイント
条件でセグメントされた多数向け自動コンタクトを基本とし、電子メール、ブログ、アプリケーション内のメッセージなどにより、さらに広範囲なカスタマーへ網の目に働きかけて、上記と同じくエクスパンション機会を追求します。
1)エクスパンション候補の特定
追加シート数やライセンス数の拡大対象、大量・高使用量のアカウント候補の特定
2)大量利用カスタマーに学ぶ
1つのユーザーIDで大量利用するアカウントを持つカスタマーの詳細を知る。追加シートの可能性はあるのか? それだけ大量利用する彼らは何をしているのか? 彼らの秘密のデータソースは?
得た情報を、よりハイレベルな機能や利用計画に基づく成功事例や利用シナリオの宣伝につなげる
3)カスタマーの学習を促す
典型事例を紹介してカスタマーを教育し、成功したカスタマーを具体的に紹介し、ハイレベルな機能をリマインドし、プロモーションを展開して売り上げ拡大するなど
・【ステージ5】サブスクリプション契約の更新
サブスクリプション契約の更新は、カスタマーサクセスの最終目標です。
更新期日までまだ少し時間のある段階から宣伝した早期更新オプションは、最後に変更や交渉を加える余地を残しておきましょう。フルライセンスで高度な機能を利用するカスタマーは、更新プロセスにおけるアップセルの最有力候補者になります。
◆高度な機能をフル活用するカスタマーへの対応
・高額契約カスタマーへは直接的な働きかけ(トップアカウントの死守・拡大)
・プロモーターの発見と活用(自社サイト上での名前の紹介、利用者としてのお勧めコメントを依頼)
・満足度の高いカスタマーによる紹介(コミュニティマーケティング、協働マーケティング、プロモーションなどを提案)
・前セクションで取り上げたエクスパンション機会の追求 (更新時に契約クロージングできるか)
商品やサービスを活用していない、または利用に積極的でないカスタマーは、「リスクあり」の要フォロー対象先として事前に特定。彼らに共通するテーマや課題を抽出し、電話、電子メール、アンケートなどを用いて働きかけ、再度の利用を促します。
どのような壁が存在し、どのように活用の道から脱落したのか理解して、メール、ウェビナー、特別オファーなどで、問題が解決されて再利用したい気分になるキャンペーンを展開して、フォローアップしましょう。
◆追加リスク要因例
・カスタマーの利用環境や利用傾向の変化
・カスタマー(toBの場合)の主要なキーマンの異動
・アプリケーション、インストール、コンフィギュレーションに関わる技術的な問題
・数多いサポート依頼や、高いエスカレーション率
(問題が適切に解決されている限り、仮に発生率が高くても実際は良い影響に転じる可能性あり。問題なのは、未解決依頼が多数残っていること)
・低NPSまたは低CSATスコア
・結論と行動計画
カスタマーが消費やサービスをどう利用しているかに関する詳細データを積極的に有効活用することで、カスタマーを良い方向へ導き、サービスの価値を実感してもらい、最終的にカスタマーサクセスとして望ましい道筋を進んでいくことができます。
◆行動計画
1)カスタマージャーニーマップを作る
(トライアル、オンボーディング、アダプション、エクスパンション、契約更新など)
2)カスタマージャーニー上の要所地点でのトリガー/マイルストーンを明確に決める
3)上記トリガー・マイルストーンにおける重要な瞬間を記録して測定する
4)行動を起こし、カスタマーへ働きかける
5)成果が最も大きい方法をテストして学び、ベストプラクティスとして確立する
※出典元:「The Beginner’s Guide to Customer Success」(Strikedeck, 2017)の原文を著者の許可を得て和訳し、一部抜粋しています
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監修
弘子ラザヴィ Hiroko Razavi
経営コンサルタント。サクセスラボ株式会社代表取締役。一橋大学経営大学院修士課程修了。大学3年次に日本公認会計士二次試験合格。公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトを多数リード。2017年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムIgniteに参加するためシリコンバレーに在住した時にカスタマーサクセスに出会う。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーで築いたネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本企業を支援している。また日本で活躍するビジネスパーソンに向けた情報サイト「Success Japan(https://success-lab.jp/successjp/)」の運営などを通じ、カスタマーサクセス市場の活性に努めている。